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天下の梟雄「松永久秀」。悪人と呼ばれる3つの出来事を紹介。

2021/07/31
 
天下の梟雄
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ブログでは、20年間携わった高校生の進路支援の経験をもとに「専門学校の入試・選び方・学費」などを紹介しています。 また自身もデザインの専門学校に通学した経験から「40歳を超えて専門学校に通った経験」をまとめています。 そのほか、「旅行」、「鬼滅の刃」、「生活」、「戦国時代の武将や出来事」などについて紹介しています。 モットーはサザエの殻のように、ゆっくりだけど着実に大きくなれるよう人生を歩むことです!
戦国時代に「天下の三大梟雄」と呼ばれる武将がいます。
 
斎藤道三と宇喜多直家、そして松永久秀です。
 
久秀はドラマや小説でよく悪人として描かれます。
 
しかし実は後世に「悪人」として作りあげられた人物と言われます。
 
ここでは久秀が「悪人」と呼ばれる根拠となった3つの出来事を紹介したいと思います。
 
そして次の記事では「その出来事の真実」を紹介し、また「久秀の実像」や「悪人となった時期」についても紹介したいと思います。
 
ちなみにこちらでは久秀が歩んだ経歴などは割愛しています。
 
ざっくりと知りたい方は以下を参照ください!
 

悪人?「梟雄」とは何か?

そもそも「天下の梟雄」とは何でしょうか?
 
当時、主君が家臣に排除されてしまう「下克上」が横行した時代でしたが、特に狡猾・非道だった者を「天下の梟雄」と評したと思われます。
 
まさに「極悪人」。
 

【 梟 雄  と は ? 】

「梟雄」の「梟」は「梟(ふくろう)」
 
「梟」=日本や中国では、子供が親をエサにして育つことから「不幸鳥」と呼ばれていた
 
梟雄」=親殺しを下克上に例えてその雄(強い者)と表現した言葉
 
 
ふくろう
 
ただ実際の戦国時代はある意味ドライで、厳格な主従というより協力者の関係で成り立っていました。
 
そのため実力や相性、勢力基盤によって下克上も出奔も寝返りもよく起こっていました。
 
そんな中で「天下の梟雄」と評されたからには、相当な悪事を引き起こしたと考えられます。
 
ではその悪事について以下から紹介したいと思います。
 

一族暗殺の上、主家乗っ取りを図る!

1つ目です。
 
これは松永久秀が主君であり当時の天下人と言われた三好長慶に対して、親族を殺害することで弱体化図り下克上を果たそうとした出来事を指します。
 
1561年から長慶の親族が次々亡くなっていきます。
 
十河一存、弟三好実休、嫡男三好義興、三男安宅冬康、最後に長慶。
 
久秀は一存を暗殺。
 
隙をついて攻めてきた六角氏に敗れた実休は戦死。
 
次に義興を暗殺。
 
冬康は久秀の讒言により長慶が殺害。
 
有力な親族を失った長慶は精神を病んで1564年に病没!
これによって三好家で久秀に並ぶ権力者が一掃されました、、、。
 
さらに久秀はこの後、長慶を継いだ義継・三好三人衆らと争い、三好家の内紛を招きます。
 
天下の三好家を内部から破壊し実権を握ろうとした、まさに極悪非道な下克上だといえます!
 

将軍足利義輝を殺害!

2つ目です。
 
長慶が病没した翌年、1565年に将軍足利義輝が久秀と三好家に襲われ殺害される事件が起こります!
 
永禄の変と言います。
 
武家の棟梁である将軍を殺害した事件は全国に衝撃を与えました!
 
天皇は3日間政務を停止し、大名らは三好を討つべしと呼びかけ、庶民は抗議デモを行ったほどです。
 
久秀と三好家に向けられた反発や憎しみ・怒りが大きかったことが窺えます。
 
永禄の変の衝撃については、こちらでまとめています。

東大寺大仏殿を放火!大仏の首を落とす

3つ目です。
 
その後久秀は、三好三人衆と激しい権力争いを起こします。
 
久秀は1567年、「東大寺大仏殿の戦い」で三好軍が駐在する東大寺に放火します!
 
東大寺は奈良時代に聖武天皇によって建立され、歴史があり人々の信仰の厚い寺院です。
 
しかも、建物を炎上させ大仏の首を落としてしまいます。
 
世の人々は天罰を恐れたに違いありません。
 
炎上
 
この日は10月11日で雨が降っていましたが、後年久秀が信長に敗れ自刃する時も10月11日で雨だったことから「東大寺を焼失させた天罰」と噂されたようです。
 
やはり天罰を食らいましたね、、。
 
それだけ人々に衝撃を与えた事件でした。
 

「極悪非道」の松永久秀は事実なのか?

以上3つ挙げました。
 
その他に織田信長に謀反を起こし、一度は謝罪して許されるも再度謀反に踏み切っており、下克上のために手段を選ばないその姿から「天下の梟雄」と評されています。
 
このような「極悪非道」を繰り返してきた久秀は最後信長によって成敗されるわけですが、これは勧善懲悪の物語として小説やドラマで描かれました。
 
筆者の好きなゲーム「信長の野望」でも、起こるイベントは紹介したような内容で、能力は知略が並外れて高く、忠誠心が並外れて低く寝返りやすい設定になっています。
 
しかしながら、実際に史実を確認していくと、その多くが創作だったり不明であることが判明するのです!
 
これはどういうことなのでしょう?
 
実は、久秀は「悪人」でも「天下の梟雄」でも無いかもしれません。
 
次の記事で、これまで紹介した、三好一族の暗殺、将軍義輝の殺害、東大寺の放火の真実を紹介したいと思います。
 
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