40代で専門学校に通おうと思ったきっかけ
2023/03/25
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ブログでは、20年間携わった高校生の進路支援の経験をもとに「専門学校の入試・選び方・学費」などを紹介しています。
また自身もデザインの専門学校に通学した経験から「40歳を超えて専門学校に通った経験」をまとめています。
そのほか、「旅行」、「鬼滅の刃」、「生活」、「戦国時代の武将や出来事」などについて紹介しています。
モットーはサザエの殻のように、ゆっくりだけど着実に大きくなれるよう人生を歩むことです!
筆者は40歳、正確には42歳で専門学校に通学しました。
分野はデザインです。イラストやマンガではなく、企業広告やWebサイト、エディトリアルなどのビジュアルデザインです。デザイン制作からPR販促のための商品展開、企画書を起こしてのプレゼンテーションまで一貫して学べる学校に通いました。
なぜ40歳を過ぎて働きながら専門学校に通おうと思ったのか?
ここではそのきっかけについてご紹介したいと思います。
理由1. 元々デザインが好きだったから
元々のきっかけを辿ると2つあります。
1つは元々デザインが好きだった、という根本的な理由です。
元々デザインが好きで、大学生の時の就職活動は、デザインに関わった仕事に就きたいと思っており、広告系を探していました。
しかしながら氷河期。筆者が就活した2000年の有効求人倍率はなんと0.99倍。
リマーンショック後の最低でも1.28倍(2012年)です。完全失業率も10%を超えていました。
自分がイメージする広告代理店への挑戦はかなりハードルが高く、さすがに希望を押し通した就活を続けていたらフリーターになりかねない危機を感じ、何とかどこか潜り込もうと幅を広げた就活に変えて行きました。
そして秋口を過ぎる頃、やっと一応広告代理店に就職が決定しました。危ない危ない。
その会社は「広告代理店」ではありましたが教育業界に特化しており、事業自体もイベントの企画提案・運営がメインでした。そのため、広告やデザインを扱う仕事は一部あったものの想像していたものとは異なる業務でした。
とはいえ、結果的にその会社に20年勤めていくことになります。
直接デザインに関わる仕事ができなかったため、20年の中でたまに休日など使ってポスターなどの制作を行ったりしました。
近年では仕事として情報誌の制作を行いました。手前味噌ですが、増刷に至る発刊数を誇った仕事になったので個人的に良い経験ができました。
とはいえデザインは素人同然で、やはりその都度「デザインを学んでよりグレードの高いデザイン制作や提案の仕事を行いたい」という思いを常に抱いて来ました。
若いうちは単純に「転職」すればその辺りも学べる、と思っていましたが年数を重ねるごとに「即戦力を求める転職市場で少しでも有利になるよう基本的な広告の知識やスキルを学校で学んでおきたい」、と思い始めるようになっていきました。
これは20代では考えていませんでしたが、30代中盤以降に考えはじめた事です。
また事業が教育関係であるため、デザイン系の専門学校や大学に触れる機会が頻繁にあり、そう言ったことも通学意欲につながったと思います。
理由2. 能力と視野を広げるため
もう1つの理由は能力と視野を広げるためです。
「広告代理店で働きたい」という希望もありましたが、入社後に感じた業界や業務の特殊性や狭さもきっかけです。
特殊な事業ですので、売り上げの仕組みや仕事の内容、理念までも特殊であり、一般の企業の活動にはなかなか当てはまらないものです。
一生をこの仕事で貫くならば問題ないと思いますが、将来の夢や目標をいずれ叶えたいと思っていたため、年齢を重ねるごとに視野の狭まりの焦りが大きく感じられて何とも言えない不安を抱えて日々過ごしていきました。
とは言え、将来を見据えたとしても、この会社で学びとれるスキルは色々あると感じました。
第一に営業スキルです。
そしてまずはこの会社で営業のスペシャリストを目指そうと考えました。
元々、営業職というものに親和性を感じていたことや、業界問わず仕事上コミュニケーション力を発揮する上で重要な職種だ、とも感じていたのでスキル習得をしたいと思いました。
まずは自分の会社でトップを目指し誰もが認める営業マンになっておこう、と目標を立てました。
その上で広い視野で能力が発揮できるよう転職し、強みである営業力に加え、新たなるスキルや知識で羽ばたきたいと思いました。
こちらは「理由1」のように専門学校に行く直接のきっかけではないですが、その元になる転職の意思を強く持ったきっかけです。
この経緯から、転職を見据えつつも、眼前にある「トップ営業マンを目指すこと」に励みました。
まとめ
これらが主なきっかけです。
実は40歳になって急に思い立って専門学校に通ったわけではなく、新入社員の頃から転職を見据えつつ、年齢を重ねていく中で即戦力としてのスキルを身に付ける意味で専門学校を考えていくようになっていました。
今振り返っても、あの氷河期に就職したか、しなかったかで人生の大きな分かれ目になっていました。
まずは、入社できた会社でしっかりと実力をつける、その後世の中の状況も見つつ次のステップを踏む。描いていた人生の構想は大まかにこのようなものでした。
そしてやっと次のステップへ舵をきったのが40歳だったのです。
その期間20年もかかりました。
「遅過ぎではないのか?」と思われるかもしれませんね。
それに関してはいろいろと理由があり、ここがとても難しく決断ができないところでした。
通常は20代や30代で転職していくのですが、筆者は40歳まで引きずって行きます。
ではその間何をやっていたのか?
この時期、身の回りの変化や仕事の状況も変化して、だんだんと動くに動けない環境におかれて行きました。その辺りの具体的な変化については次で、「20〜30代の活動の経緯」として紹介させていただきます。
まあ、いいこともたくさんありましたが悩みや葛藤は背中合わせです…笑
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ブログでは、20年間携わった高校生の進路支援の経験をもとに「専門学校の入試・選び方・学費」などを紹介しています。
また自身もデザインの専門学校に通学した経験から「40歳を超えて専門学校に通った経験」をまとめています。
そのほか、「旅行」、「鬼滅の刃」、「生活」、「戦国時代の武将や出来事」などについて紹介しています。
モットーはサザエの殻のように、ゆっくりだけど着実に大きくなれるよう人生を歩むことです!
Comment
こんにちは、私は40歳です。私jlpt n2 を持っています。私も専門学校に入りたいんです。
ありがとうございます